REPORT
つくり手と話すvol.2 |
手漉き和紙職人 谷野裕子さん(後編)
サボテンが、
和紙づくりを守る希望の光に。
埼玉県のときがわ町で工房「手漉き和紙 たにの」を運営する谷野裕子さん。今回は、和紙づくりにサボテンを使用するという、新たな試みについてお話を伺いました。
過去の出会いが
背中を押してくれた、
サボテンを使った和紙づくり。
―どうしてサボテン和紙に挑戦しようと思ったのですか?
直接のきっかけとしては、群馬カクタスクラブの矢端さんと倉林さんから、トロロアオイの役割をサボテンで代替できないかというお話をいただいたことです。トロロアオイは病気に弱いため安定した生産が難しく、さらに生産者が減っている現状があります。矢端さんはそのニュースをテレビでご覧になって、相談してくださりました。
- 和紙づくりにおいて、トロロアオイは「ネリ」という役割を担っており、繊維を水中で均一に分散させ、漉きやすくする働きがあります。ネリの持つ粘性によって、薄くて丈夫な和紙の特性を引き出すことができます。
―伝統的にトロロアオイを使ってこられたと思いますが、サボテンを使用することに抵抗はありませんでしたか?
じつは、紙漉きを教えたインドネシアの方が、サボテンを使って紙を作っていたことがあるんです。はじめはトロロアオイをインドネシアに送ろうとしたのですが、いろいろ規制が厳しくて断念しました。現地にあるものでどうにか代用できないか相談していたところ、ぬるぬるした植物が家に生えていると、月下美人というサボテンの仲間を見つけてきて使っていました。トロロアオイの代わりになりうることを、ひと足先に発見していたんですよ。その経験があったのと、中国でサボテンが紙づくりに使われていた歴史があることも知っていたこともあってか、抵抗はとくにありませんでした。
―今回、実際にサボテン和紙をつくってみていかがでしたか?
はじめは、サボテンの前処理に苦戦しました。深くまでトゲがあったり、小さなトゲが隠れていたり、とても大変でした。でもトマトのヘタ取りを使うようにしたら、しっかりトゲを取り除けるようになりました。仕上がりとしては、見ていただくとわかると思いますが、トロロアオイとまったく変わりないです。見分けがつかないでしょう?
(左がトロロアオイ、右がウチワサボテンを使用した和紙)
育てやすく
扱いやすいサボテンが、
希望の光。
トロロアオイは温度が高いと粘りが弱くなってしまうという特徴があります。なので、保存する際は冷凍する必要がありますし、和紙づくり自体も通常寒い冬の季節に行います。「紙漉」が俳句で冬の季語になっているのはそのためですね。その点、サボテンは夏でも冬でも粘性がしっかり持続しますし、保ちもいいので便利です。また、先ほどもお話ししましたが、トロロアオイは病気に弱かったり、連作ができなかったりするので、毎年の収穫が不安定。なるべく和紙に薬品は使いたくないので、農薬も使えません。さらにトロロアオイの生産者の高齢化や、後継者不足の問題もあります。一方、サボテンはたくましく、一部地域では増え過ぎて困るほど。トロロアオイに比べて育てやすく扱いも楽なので、実用化できたら制作の難易度がかなり下がると思います。
課題は耐久性の証明。
1000年の使用にも
耐えられる紙へ。
―サボテン和紙の実用化に向けては、どんな課題があるのでしょうか?
最古の和紙は奈良の正倉院に保存されているもので、1000年以上も前のもの。和紙の寿命は非常に長く、その耐久性が評価されて、古文書や絵画の修復に用いられています。サボテン和紙の場合はまだ生まれたばかりなので、同レベルの耐久性があることを証明できれば、トロロアオイの代用品として使用していくことができると期待しています。今まさにその分析を行っており、結果を待っている状況です。もちろん、トロロアオイを使用した伝統的な和紙作りも大切に守っていきたいと考えていますが、状況に応じて使い分けできればいいなと思っています。
―トロロアオイの代わりにサボテンが使用できるようになれば、伝統工芸として和紙づくりを守っていく大きな力になりそうですね。良い結果が出ることを祈っています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(前編記事はこちらから)
和紙を残すために、できることはすべてやりたい
谷野裕子
細川紙技術保持者/
埼玉伝統工芸士/
彩の国優秀技能者
(手漉き和紙 たにのHP
https://monme.net/)
手漉き和紙職人として、 現在、細川紙(2014年11月ユネスコ無形文化遺産記載登録)の正会員として工房「手漉き和紙 たにの」を運営するほか、学校・博物館・美術館等での和紙作りの指導や講演、他産地や海外での技術指導を行う。 書写素材としての和紙はもとより、ホテル、住宅、店舗の内装も手掛けている。