REPORT

2024.12.16
つくり手と話すvol.2 | 
手漉き和紙職人 谷野裕子さん(前編)

和紙を残すために、
できることはすべてやりたい。

今回は、埼玉県のときがわ町で「手漉き和紙 たにの」を運営する、手漉き和紙職人の谷野裕子さんにお話を伺いました。谷野さんは、和紙を制作する傍ら、工房学校・博物館・美術館等での和紙作りの指導や講演、他産地や海外での技術指導も行っています。

偶然の出会いで、
引き込まれた和紙づくり。

―和紙との出会いを教えてください。

35歳のときです。都内でプログラマーの仕事をしていて、その都合で埼玉県に来て一時的に暮らしていました。休日に町をぶらぶらしていると、たまたまそこが和紙の産地で、和紙づくりというものをはじめて間近で見られたんです。乾かす前の漉いた紙を積み重ねたときの、豆腐のようににぷるんとした姿が、とても美しく見えて。都会での生活に疲れていたのか、直感的に職人になりたいと思い、すぐ行動にうつしました。弟子をとってくれる職人さんがなかなか見つからないなど簡単にはいきませんでしたが、町がやっていた「小川和紙継承者育成事業」というものに参加することができ、私の和紙づくりがスタートしました。

―継承者育成事業とは、どういったものなのでしょうか。

土日に、いろんな職人さんが交代で来てくれて、和紙づくりについて1から教えてくれました。実は、この募集には15名の枠に100名以上もの応募があったんです。私は覚悟を見せなければと思い、選考の際に「仕事をやめてここに住みます!」と宣言しました。実際に参加が決まると、すぐにこの町に移住しました。勢いもありましたが、覚悟を決めて参加した5年間のプログラム。多くの人はそれを終えたからといって次の働き口があるわけではないのですが、私の場合はご縁もあり細川紙の保存会から声をかけてもらって、そこの研修生も兼ねながらプログラムを終え、卒業後に小さな工房で独立しました。

技術を知りたい人に、
教える場所や体制が必要。

―やはり、和紙づくりで生計を立てていくことは簡単ではありませんよね。

そうですね。事実として、そういった理由で後継者をとらない職人さんが多いです。ですが私は、和紙というものを残していくために、できることはすべてやりたいと思っています。たとえば、私の場合は和紙づくりを教わるのに苦労したので、学びたいという人が現れれば、工房で積極的に受け入れるようにしています。海外からの研修生もいますよ。過去に伝統工芸会館の工場⻑も務めていたのですが、そこはどちらかというと観光客向けの場所で、技術の継承には適していませんでした。知りたい方に技術を教える、そういった場所が必要だと思いますし、体制を整えておかないと技術は残らないと思います。そのために、工房を広い場所へ移転したりもしました。

―海外からいらっしゃる方もいるのですね。

はい。とくにアピールをしているわけではないのですが、HPを見つけて連絡をくれますね。アメリカやイタリア、カナダなどいろんな国から来てくれています。アメリカからは大学の先生がいらっしゃったこともありますよ。10年ほど前になりますが、インドネシアを支援する大学の先生がいらっしゃったことをきっかけに、バリ島で紙漉きを教える経験をさせていただいたこともあります。技術をしっかり伝えるために、バリの人たちを工房へ招いたり、こちらからもバリへ行ったり。もともと「余って腐らせてしまっている植物を活かして、村の収入源にしたい」ということでしたので、素材も、日本ではコウゾ、ミツマタ、ガンピを原料に、トロロアオイをつなぎにするところを、バリでは、コウゾの代わりにたくさん生えているドラセナ、トロロアオイの代わりに「月下美人」というサボテン科の植物を使用しています。地元の植物と水で、紙を漉くのが一番です。

紙漉きは、
和紙づくりにおける
一つの過程にすぎない。

―やはり紙づくりの原料にはこだわっていらっしゃるのでしょうか。

和紙づくりをずっと続けていこうと思うと、原料を安定的に入手できることが重要です。20年ほど前から、協力してくださる地元の方々と試行錯誤しながら紙の原料となるコウゾの栽培に取り組んでいます。そうするうちに、和紙づくりは林業や農業と繋がっているということがわかってきました。紙漉きは和紙づくりのほんの一部。山が元気で、畑も元気で、清らかな水がなければ、いい和紙はできません。また、栽培にあたっては農薬を使用しないと決めています。薬品が混ざっていると和紙に影響が出てしまうので、「食べても大丈夫」なくらい、原料には気を遣っています。

―最後に、これからの展望があれば教えてください。

和紙を残していくためにできることを考えて、実践し続けていきたいです。和紙づくりには、紙を漉く側だけでなく、使用する道具、たとえば「簀(す)」などをつくる職人さんも必要不可欠な存在です。簀は、注文すると1〜2年待ちになるくらい人手不足な状況です。コウゾやトロロアオイを生産してくださる方も同様で、みんなで手を取り合って和紙を残していきたいと思っています。まだまだ、課題ややるべきことがたくさんあります。

―伝統工芸の技術や文化を残すためには、原料を栽培する人、道具をつくる人、それらを形にする人。すべての工程に光を当てて守っていく必要があるのですね。私たちとしても、何かできることがないか探していきたいと思います。(後編に続く)


サボテンが、
和紙づくりを守る希望の光に。

和紙の可能性を広げるために、様々な取り組みをされている谷野裕子さん。後半では、谷野さんが最近取り組まれている、和紙づくりにサボテンを使用するという新しい試みについて、お話を伺っていきます。

谷野裕子
細川紙技術保持者/
埼玉伝統工芸士/
彩の国優秀技能者
(手漉き和紙 たにのHP
https://monme.net/)


手漉き和紙職人として、現在、細川紙(2014年11月ユネスコ無形文化遺産記載登録)の正会員として工房「手漉き和紙 たにの」を運営するほか、学校・博物館・美術館等での和紙作りの指導や講演、他産地や海外での技術指導を行う。書写素材としての和紙はもとより、ホテル、住宅、店舗の内装も手掛けている。

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